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人権意識に欠ける韓国の日常 関東大震災の犠牲者を虐殺された朝鮮人の写真と主張

script_topilog,http://jss.afpbb.com/mbsv/sdata/medianewsdelivery/msnsankei/ameba/js/utf8/110185000/7d2e99aa6cc4e8b36ce35b010ece0d72_26cf2bc7ecf740e97a979740f27209d1.js

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韓国でまた捏造? 「関東大震災の虐殺朝鮮人の写真」と研究家が主張 写っている犠牲者は吉原遊女か
2013.2.4 11:08 (産経)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130204/kor13020411090001-n1.htm

 【ソウル支局】韓国の聯合ニュースは3日、韓国記録写真研究家のチョン・ソンギル啓明大東山医療院名誉博物館長(72)が「関東大震災で虐殺された朝鮮人を撮ったと推定される」として同通信社に提供した写真を公開した。

 同ニュースは「虐殺は誤解?」「虐殺ではないと?」といった朝鮮人虐殺を否定する人たちを非難するような見出しをつけて写真を掲載している。

 「写真上部には(関東大震災が起きた)大正十二年九月一日と日付が明記されている」とした上で、「数十体の死体が並べられており、死体の下着がはぎとられている。死体のそばに男性らが竹やりや鉄の棒とみられる非常に長い棒を持って立っている」と説明している。

 チョン名誉博物館長は、この棒を持っている男性たちについて「関東大震災当時、朝鮮人虐殺を行った日本の自警団と推定される」と主張。さらに「女性の死体だけを選んで下着を脱がし、再び恥辱を与えたことは虐殺をも凌駕(りょうが)する蛮行の極み」と憤慨している。

 しかし同じ写真が、東北芸術工科大学東北文化研究センター(山形市)のアーカイブスに明治44年の吉原大火の際の写真として、「新吉原公園の惨状」という説明をつけて収められている。大火で犠牲となった吉原の遊女たちを写したものとみられるが、当時の女性は着物の下に下着として腰巻きしか身につけていなかった。

 このニュースはネット上で、「韓国、吉原女郎の遺体を関東大震災で虐殺された朝鮮人の写真発見とまた嘘」「別の写真を使い捏造(ねつぞう)の可能性」などと話題になっている。

 聯合ニュース(電子版)は、ほかにトタンが転がり、死体が折り重なる写真も「朝鮮人虐殺が推定される」として掲載している。

 実はこれらの写真は、2008年に「原爆犠牲者の偽写真」として世間を騒がせた、いわく付きの代物だ。米カリフォルニア大学の歴史研究者が「未公開の広島原爆の写真」として著書やインターネット上で公開し、母校のスタンフォード大フーバー研究所にも収められた。

 仏紙ルモンドも原爆の写真と信じ、「米検閲が犠牲者の画像を隠してきた」として大々的に報じた。ところが、ほかの研究者らからの指摘で関東大震災の際の写真と断定。ルモンドは事実上の訂正を出す騒ぎとなった。

 チョン名誉博物館長が提供した写真は関東大震災の際のものとみられるが、朝鮮人虐殺を裏付ける確固たる証拠はない。

 聯合ニュースによると、チョン名誉博物館長は1974年から海外を歩き回りおよそ40年かけて、家財をなげうって日本統治時代や朝鮮戦争などの写真5万余を収集したという。

 チョン名誉博物館長はこれらを含む写真80点を、今年3月から8月までソウルや釜山、大田、蔚山などを巡回しながら、「日帝侵略戦争と敗亡」と題した写真展を開く予定らしい。

 日本に関しては何をやっても許される“反日無罪”が甚だしい韓国。写真展を通して“朝鮮人虐殺写真”として韓国中に広まり、いつの間にか“事実”として定着してしまうかもしれない。

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チョン名誉博物館長は、この棒を持っている男性たちについて「関東大震災当時、朝鮮人虐殺を行った日本の自警団と推定される」と主張。さらに「女性の死体だけを選んで下着を脱がし、再び恥辱を与えたことは虐殺をも凌駕(りょうが)する蛮行の極み」と憤慨している。(青字は記事引用)

件の写真を検索して調べました。

★注意 (犠牲者の遺体収容直後)
東北芸術工科大学東北文化研究センター アーカイブス

新吉原公園の惨状
http://www.tobunken-archives.jp/DigitalArchives/record/7B3AEDEC-B2FE-26A2-FD6E-936523750A79.html?lang=ja



多くが吉原大火での犠牲者の女性たちでした。
日付けは、明治44年の吉原大火の写真?てあり、大正12年に起きた関東大震災の写真ではないようです。
*下記に追加の有力な情報があります。

女性の死体だけを選んで下着を脱がし」 との説明は、敢えて事実誤認に見せかけた捏造。

明治、大正後期では、和服の女性は腰巻だけでパンツ型の下着は穿いていませんでした。
白木屋(東急百貨店)に勤めていた女性たちが逃げ出せず焼死したのは、和服の前がはだけることを恥じて飛び降りなかったそうです。
そのため、関東大震災後の女性はパンツを穿くようになりました。


写真の犠牲者たちが、パンツ型下着を穿いていないのは、その当時の習慣によるもの。
脱がせるもの自体存在しない。

閲覧者の無知を悪用する、朝鮮人ならでの発想。


「死体のそばに男性らが竹やりや鉄の棒とみられる非常に長い棒を持って立っている」・・・

この当時の消防活動は、主に破壊消防といって、火災の流れに先回りして建物を引き倒した。防火帯の広場を作ったのです。

また、「長い棒のとび口」で火災で崩れた中の焼死者を引っ掛けて収容しました。
戦争中、3月10日の東京大空襲の膨大な焼死者にも使用されたのです。


「火事場ドロボー」

祖父は、関東大震災、東京大空襲にも遭っているのて゛、朝鮮人の話は繰り返し聞かされました。

逃げ遅れて焼け死んだ近所の朝鮮人が担いでいた背嚢から、身分不相応な金目の品が沢山出てきたそうです。
裕福な近所の家から盗み出すのに気をとられ、焼け死んだのでしょう。

昔気質の日本人である祖父たち世代は、丁重にお寺さんで供養したそうです。



韓国記録写真研究家のチョン・ソンギル啓明大東山医療院名誉博物館長(72)なる人物


聯合ニュースによると、チョン名誉博物館長は1974年から海外を歩き回りおよそ40年かけて、家財をなげうって日本統治時代や朝鮮戦争などの写真5万余を収集したという。

年齢と家財をなげうってほどの研究熱心なら、提供した写真が何ら虐殺と無関係だと知っているでしょう。

「“朝鮮人虐殺写真”として韓国中に広まり、いつの間にか“事実”として定着してしまうかもしれない。」 

従軍慰安婦なる嘘と同じ構造を狙っているのでしょう。


死者を冒涜する行為だとは、少しも思っていない複数の顔が視得る。

地獄の劫火に焼かれる運命を自ら選んでいるようです。



追記 2013.2..5  岡田紅陽が撮影した関東大震災の写真について
http://okadakoike.blog.ocn.ne.jp/nikki/

韓国人研究家、日本人による朝鮮人虐殺写真を公開という記事について、チョン・ソンギル氏が公開した写真は岡田紅陽が撮影した震災の記録写真です。『大正大震災大火災惨状写真集』には同一の写真が掲載されています。なお、この書籍は震災後89日後に発売し、すぐに発禁になったもので、その存在はあまり知られていません。(引用 美術館日記

*岡田紅陽の関東大震災記録写真と判明。
火災旋風から逃れんとして弁天池に飛び込んだ女郎さんたち。
浅草吉原弁天池 から引き揚げられた御遺体です。


追記 2013.2.7
明治44年(1911年)4月9日午前11時30分頃に起きた浅草の大火(吉原炎上)は、死者は8人で季節は春。
写真の左端に写っている人物は、麦藁帽を被っているように見えるし、袖が見えているので明らかに夏服。関東大震災の発生は、大正12年(1923年)9月1日11時58分で季節は夏。
夏の服装と遺体の数が多いことから関東大震災の写真と結論づけられる。
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