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【再掲】運命の糸で繋がっていた不思議

仏も昔は人なりき・・・ 

人生には答えのない事が普通でしょう。
まして、不可思議な体験なら尚更です。

スピリチュアルな感覚の個人差が、体験の差に現われるようです。
同じではない。


幼い日、ぼんやりしている子でしたが、地面のアリを潰さないように歩いていました。
誰も気にしていないと気づいた時、周りとの違和感に戸惑いました。その時の「違和感」は、今でも多少残っているようです。


過去生のカルマ(業)が立ち合わせる(シンクロニシティ)のか、常に眼前(処)で他人の不幸に気づく。
「三世因果の”情動”」まで伝わって来るのです。

逃げられない、夢にまで追いかけてきます・・・「悪夢」として。
そして、繰り返す夢(*三世因果の”情動”)が、「予知夢」らしいと気づいた。



七歳までは、ふいに感じる不快な臭いが強烈でした。
身を縮め膝を抱えることもありました。
幻の臭いに怯えていたのです。


だが、周りには臭っていないのだと、思春期までに分るようになりました。
精神的に追い詰められていた時期、
益々、思い込みの激しい大人たちに違和感を持ちました。
(自分なりに、一つ一つ究明する癖がつきました)

「精霊の森で」癒されたので、精神が安定して耐えられたのでしょう。
霊的な障害からも免れたのです。



葬式が苦手てなのは、一番臭う”処”だからです。

「人を殺した悪人の遺体を動物は、決して食べない(動物葬、鳥葬)」
アフリカのシャーマンの言い伝えと体験から、臭いの因果が解明できました。


動物は「地獄臭」を嫌っているのです。

地獄はこの世と紙一重、堕ちる者が放つ臭いは近い。
地獄の存在を示す「現証」と感じるものです。



青年期には、
無意識に幻臭を放っている人物から離れるようになりました。
自然と「人殺しの眼」を持った哀れな人物を避けていたのです。
男女の別はありません。


魔に憑かれたのではありません。
憑依の内的な状態を知らぬ者からの見当違いな指摘は、眉を顰(ひそ)めるだけです。
「魔の邪気」に気づいただけ。


思い返せば・・・
体験した不思議の全てが、人生の過程で繋がっていたのです。


「違和感」、「三世因果の”情動”」、「悪夢」、「予知夢」、「地獄臭」、「人殺しの眼」、「魔の邪気」

別々のものではなかったのです。

「精霊の森」が生きるエネルギーを与え続けてくれました。

清浄な池を渡る風
馥郁と匂う光る明かりに包まれた花々
喜びの声で迎えてくれる精霊の化身の小鳥たち・・・に救われた。




仏も昔は人なりき われらも遂(つい)には仏なり 

    
三身仏性 具せる身と 知らざりけるこそあわれなれ (梁塵秘抄)





桃山晴衣/仏は常にいませども Buddha is always everywhere

http://youtu.be/mUe0pJ-Qzio



リラックス曲です、
私にとってはですが。。




【解説】⇒仏は常にいませども


 




2014.10.19Ameba■■掲載 ⇒ fc2■■■特選
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tarooza

Author:tarooza
◆忘れていた幼い頃の記憶が甦ると、不思議な体験は縄文人の「霊的な感性」によるものと気付きました。

現代人の理知と縄文人の霊的な感性で現世を視ています。

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